授業中の非日常

先生の復帰

その女性教師は先週の水曜日、自宅の庭で作業をしている最中に、不意に倒れてきた木片(?)に頭をぶつけ、その場で倒れてしまったらしい。そして意識を失ったそうである。

幸いにしてその時、家には彼女の旦那がいて、彼女は旦那に介抱された。

そして後遺症も、それほど酷くはならなかったらしい。ただ、その週は大事をとって、学校には来ていなかった。

その女性教師が今週から授業に戻ってきた。しかし授業が開始して40分ほど、生徒がリーディングをしていると、突然先生がフラッと倒れた。

私は驚いたが、突然の出来事に対しては生徒は迅速に対応し、救急車を呼んだり濡れたタオルを持ってきたりして、彼女を介抱した。

彼女は一瞬だけ意識が遠のいてしまったのだろう。彼女はすぐに意識を取り戻すと、自分の足でヨロヨロと歩きながら移動して、検査のために救急車で病院に行った。

脳震盪の後遺症については無知だったので、調べてみると、一般的には(ひどくない限り)後遺症は発生しないらしい。

ただ相手が複雑怪奇な脳となると、どれだけその一般論が当てはまるかという点は、大いに疑わしい。最悪の場合、生命の維持にクリティカルな動線が、深刻な損傷を受けてしまっているのかもしれない。

私は突然の出来事を目の当たりにして、どうも勉強を続ける気分でもなくなってしまったので、共同スペースでお茶を飲むことにした。

すると今日から新しくクラスに入ってきた17歳の日本人女性が、サウジアラビア出身の男性に付き添われながら、シクシクと泣いていた。

どうやら彼女は、今日から始まる新しいクラスに緊張していたらしく、たまたま運悪くショッキングな出来事があった事で、気持ちを多少取り乱してしまったようである。

年上の日本人女性がそれに気がつくと、泣いている彼女の隣に侍り、彼女の背中を優しくさすり始めた。泣くのも無理がないことなのかもしれない。日常的にそういう場面は、滅多に発生するものではないから。

突然人が倒れるという出来事を目の辺りにして

結果としては、彼女が大事に至らなそうで何よりである。

が、突然そうした出来事に直面した人々の心は少なからず、その影響を受ける。

もっと程度が酷くなるのは、テロとか自然災害とか、そういう人命に直接関わる事だろうか。

不謹慎かもしれないが、そういう時にそっと誰かが背中をさすっている様子を見るのは、不思議と心が和む。

何しろ不幸な出来事は、得てして前触れもなく突発的に訪れるものである。

それは不幸という概念の、言わば象徴みたいなものである。因果関係もなく、また事後的な救済もない。突然現れ、突然去っていく。断固として容赦がないという点において、無慈悲でもある。

今まで積み上げてきたものが、一瞬でサッとなくなってしまう。

そんな自体に直面し、心が乱されるのも無理はない。明日は我が身。一瞬先は闇。

そう言い切れない人はいないから、漠たる不安が心にそっと顔を出すのも無理はない。

そんなとき、そっと手を取ってくれる人が側にいるのは、何というか健気で美しい。

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