ラオス見直す1 選択肢と可能性

会社員時代に長期休暇を取得してラオスに行った時の話。

(全体的に暗い内容です)

空港の整備員

ハノイから乗継までの時間は5時間もある。

空港で本を読んで過ごす作戦だったが、流石に飽きる。

ずっと座っていると尻が痛くなったので移動し、ビールを飲みながら空港の敷地を眺める。

敷地の整備員たちは、基本的に立っているという状態を仕事の大半の時間に費やし、時が来て空港整備の用が生じると自動的にその作業に推移していく。

広大な敷地にあって、空白時間になすべきことはほとんどないようにみられる。

私はぼんやりと敷地全体、またはそこでの仕事に従事する整備員たちを見ながら、手札、というものを考えてみた。

手札について

世の人全てに与えられる初期状態、言わばゲームの手札は選べないけど死活的問題である。

世の中の事を知れば知るほど、立場的に日本人ほど恵まれた人はいないのではないだろうかと思う。

一方的な見方にしか過ぎないのだが、私は敷地に佇む整備員を観て、何てつまらなそうな仕事なのだろうと想ったりする。

或いはビルの警備員を思い浮かべて同じ思いを馳せる。

では私は、「恵まれていると」いう事を知りながら、何をしなければならないのだろうかと考える。

 

しかし結局は何かを決めることはせず、毎度のように決意を確かめ直すような事をした気持ちになる。

5時間の過ごし方

5時間もの間、本と携帯とビールだけでつなぐのはなかなか辛かった。待ちくたびれてバスに乗ると、たまたま前にいる欧米人のカップルがいちゃついている。

彼らは肉体的に私より、遥かに「人間らしい」なりかたちをしているように見える。

私は風采の上がらない東洋人の代表選手のようなものである、などという引け目を感じる。

しかしそれは小さいこと、偏見に過ぎない、と頭では分かっている。

が、そう感じずにはいられないほど植え付けられた先入観の効力ってのも大きい。

アジアの空気

マイクロバスを降りると、そこには小型の飛行機が佇んでいる。

アジア特有のむっとした空気を感じながら観光客はその飛行機にカメラのレンズを向けていた。

私は搭乗してからも、尚先程のことを考える。ところ変わっても皆人間だ。本質的に異なる部分なんてない。

もっと悪足掻きしなきゃ生きていけないような世界で自分を磨きたい。多くの人は、足りないものを真剣に求めていない様に見える。或いは現状に満足しているのだろうか。

すました顔で、「これが私にとっての唯一の世界で、ここ以外に生きる道はありません」と決めつけているかのようである。

選択肢と可能性

選択肢がある(かのように)見えるということは、「そうではない何か」を漠然と抱いてしまい、結局満足に至る地点というものを見出すことができない、というジレンマがある。

それでも尚、その見えない地点を追いかけていきたい。

と感じた。

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