ラオス見直す5 象の国家資格取得教習二日目

バンガローの夜明け

恐怖に苛まれた一夜が明ける。以外と寝てしまえば、周囲の音はさほど気にならないものであった。

豪雨は森の音を掻き消して、ざあざあと自然に息吹を与えてゆく。少し雨が止んでから、サンダルを履いて食場へ行ってみると、現地のおばちゃんが朝食を振る舞ってくれた。

相変わらず量が多くて食べきるのに一苦労である。それにしても、明かりもなく見るからに薄汚い調理場でこれだけ作れるのは、なかなか大したものである。

何人かの現地人がボートで川を渡り、こちらの岸までやって来て、ロッジの清掃やら何やらの作業に散っていく。それにしても掃除をすることが好きな人たちである。

なにはともあれ掃除からスタートするっていう感じが好印象だが。

彼らにとって自然とは、あるいはこの森や川は、空気のように当たり前のものだから、私が「自然が多いなあ」と感じているほどには明確に存在していないのかもしれない。

私にとってこの場所は、全ての存在が新鮮で、個々の自然がその存在を主張しているかのように目に映る。

だけど彼らからしてみると、「対となる風景」、つまり脱自然という状態を想起できないものだから、私ほどにはありありとその存在を感じていないのかもしれない。

午前の教習

昨日ぬかるみにハマり、靴がお釈迦になってしまっていたので、はだしで異動することにした。

泥のどろっとした感じを直に足の裏に感じ、最初は気持ち悪かったけれど慣れると歩くことがそれなりに神経を使う作業であるということに気が付き、楽しくなった。

今日もゾウ使い達は、ジャングルからゾウを召喚し、その日の観光客に備える。私は手始めに一匹のゾウにまたがって、ジャングルをぐるっと一周する。

ぬかるみが激しく、傾斜の大きい斜面ではスリップしないかハラハラするけれど、ゾウの一歩一歩は力強く、決して踏み損ねるということがない。

川での驚き

像の背にインストラクターと二人で乗りながら、川辺で水浴びをすることになった。その際、ふと風が強く吹き、調教師の帽子が飛ばされてしまった。

帽子はぽちゃんと川に落ち、緩やかな流れに沿って流されようとしている。

丁度その時、像が鼻を伸ばして帽子を掬い上げ、何とそれを後ろの席に座っている調教師に差し出したのである。

なんて言うことだ。

像は言われなくてもちゃんと理解しているのだ。

エナジー補給

川辺の散歩を終えてから、エナジー補強ということで彼らにバナナの木を配給する。丸ごと与えると取りこぼしが発生して効率的でないため、スタッフが食べやすい大きさにナイフで切って与える。

毎日嫌でもゾウと接しなければならない現地の人からすると、私という人間はよっぽど物好きな人間に見えたことであろう。

像の食事風景を見ながら、生きる事とは食べることであると思った。なにしろゾウの一日の半分以上は、食べるというただそのことだけに神経が費やされている。

飽きもせず、散歩に行っても隙あらば脇道の美味しそうな植物を引っこ抜いて平らげる。

ゾウも人も、ここで暮らすということは常に食料の枯渇という問題と隣り合わせであって、生きることが決して楽じゃないなぁと実感した。

そして昼食時に森を眺めながら、また色々と考えた。

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