ラオス見直す8 美意識の倒錯と王宮貴族の部屋

ルアンパバーン散策日和

昨日のバンガローとは打って変わり、生物たちの暴れる心配のなさそうな宿にて、快眠をする。

朝は引き続き雨がしとしと降っているようだったので、今日はカッパが役に立つかもしれない。

支配人と思しき恰幅の良い気さくなおっさんに挨拶をして、朝食を頂く。今日の予定としてはひとまず山に登って街の様子とメコン川を眺望するだけなので、時間にはかなり余裕があった。

ひとまず夕方までにはホテルに戻ることとして、街を散策する。

お土産屋さんにもできるだけ足を運んでみるのだが、どうにもこうぱっとするものが置いていない。

どこにも置いてありそうな仏像の彫刻やアクセサリー、その他動物を模した置物的なモノが多い。

マーケットに足を伸ばすと、住民のおばさんたちが実に様々な商品を陳列しているのを目の当たりにした。薬草的なモノから生の魚、鳥、カエル、お米など、その他名も知らない草木がざっくばらんに並べられていた。

そこには大量消費社会がもたらしたスーパー的な感覚はなく、個別に最適化された商品を取りそろえて自由な商いをしている。

海外の商品が流入する余地みたないものがない。

民芸品のお土産屋さんで

ふとバッグを眺めていると、いかにもそれが「ダサい」と感じた。

柄は派手にカラフルに取り入れられ、とにかく統一性というかシンプルさをかけらも感じない、園児がクレヨンで好き勝手に書き散らしたようなデザインであった。

しかしこの嗜好をハタと振り返ってみて、この「ダサい」という感覚とはなんだろうか、と思った。

例えばそういう製品がSOGOの高級品店売り場に陳列されていたとして、私は同様にこの「ダサい」の感覚を抱くだろうか。

私が疑問に感じたのは、美意識に関する前後関係が倒錯しているのではないだろうかということである。

美意識の倒錯

アジアの貧しい国の一角に陳列されているという刷り込みが、「洗練された優れた商品など存在しない」という思考を無意識的に作り出していないと言い切れるだろうか。

そんな疑問を抱いた。

同じモノが、高級宝飾店で売られていたら、果たして同じように「ダサい」と思うだろうか。

実際のところ、そこに実質的な差は大してなく、要するにブランドイメージの問題に過ぎないはずである。

アジアの一角で売られるバッグを見て、そう思った。皮膚レベルでの先入観ってやつが生理的に染み付いている感じがする。

店を出て再び歩く

カッパを来て歩いたせいもあってか、ひどくむしむしして暑苦しく感じた。博物館に足を運んでみたが、どれも寄贈品ばかりであまり面白くない、というより暑い格好で歩いたせいか疲れた。

ちょっと昼寝しようと思って博物館のベンチに座っていたが、他の観光客もいてばつが悪かったので、早々に立ち去った。

その国の歴史や文化を示すような資料はいっさい存在せず、ただ王宮貴族の部屋を展示するだけという、世界で一番退屈な博物館であった。

こういう仰々しい、あたかも「あなたは世界の全てを手に入れていますよ」みたいな錯覚を匂わせる王室があるから、王は御乱心になるのかもしれない。

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