高校生向け「命の授業」を聴講した感想

たまたまやっていたので

2017年5月19日、いつもは閑散としている福江文化会館の駐車場に、いつもよりも多くの車が集まっていた。

駐車場付近には、暑いのにスーツを着て誘導を行っている男女の職員(らしき人)も立っている。

「今日は何かイベントがあるのでしょうか?」

好奇心で尋ねてみたところ、

「高校生を対象に、『命の授業』が行われます」

ということであった。聞くことところによると、予約も不必要で飛び込み参加も可能であるらしい。

私は興味本位でその講演を聴くことにした。

総勢300人くらいの生徒

会場のホールは総勢500人程度も収容できる広い場所で、私が保護者席の入り口から入ると、会場は高校生たちで埋め尽くされていた。

「え。五島ってこんなに学生いっぱいいるの?w」

というくらいの人数で驚いたのだが、どうやら「五島高校」と「五島海洋高校」の生徒を含めて実施されているらしい。

2つの高校のほぼ全校生徒くらいの人数が集まっていて、私は端っこの保護者席に座って講演を聴くことにした。

小児科医療現場で働く講師のお話

講師の先生は20年以上に渡り小児科医療に携わっている方で、物腰が柔らかそうな印象だった。

簡単な自己紹介を聞いた後で講演は始まり、

「癌はお年寄りがなるものとは限りません。」

とか

「日本人の死因の最大の原因は癌によるものです。」

と言った、基本的な癌に関する知識が紹介された。

中学3年生で小児癌を患った女の子の話

その後、具体的なエピソードとして、「中学3年生の時に小児癌を患い、闘病生活をした女性の話」を扱ったビデオが上映された。

【日本赤十字社】白血病と闘った輸血経験者の感謝の想い「エール」

ああ、懐かしい南沢奈央が出ているではないか。。そう言えば大学ではついぞ見かけなかったなあ。。。

なんてしみじみ思いながら上映されたビデオの中では、闘病した女性に対するインタビューがされていた。

具体的な内容は割愛するが、ごくごく普通の中学生が闘病を乗り越えて自分の夢を目指す、という内容だった。

そしてその当時、主治医をされた先生と言うのが本日会場で講義をしている先生だった。

「車輪の一歩」の話

講師の先生がそのエピソードに関する意見を少し述べてから、次に別の古い映画の一コマが上映された。

男たちの旅路 第4部-全集- [DVD]

この映画は1979年(37年前!)に撮影された映画なのだが、障がい者をめぐる社会の情勢と、そこに生きづらさを感じる人の心理には、現代にも通じるものがあった。

印象的だった言葉は、

「迷惑をかけるくらいの生き方でいいんじゃないか?」

と主人公(京本政樹・古尾谷雅人)が言っているシーンであり、そこには確かに

「ヒトに迷惑をかけるべからず」

という社会通念が常識として横たわっていることが想起された。

それはもう古くから、日本社会に「空気のように」当たり前のものとして社会に浸透している。

が、昭和のこの時代にこの提唱をしているヒトがいるのには驚いた。

関連記事:「迷惑気にしないのススメ」

それについて講師の方が解説をして、映画のラストシーンが映し出された。

言いたいことは分かるけど・・・

基本的な流れとしては、上記の2本のビデオ上映を挟みながら、講師が「命の大切さ」について講義をする、という流れだったのだが、講師の仰っていることは、正直よく分からなかった。

いや、言いたいことは分かるのだが、その論理展開がちょっと良く分からない。と言うのが性格なところだ。

話を聴きながら大いに違和感を感じたのは私だけだろうか?

いや、他のヒトも同じように「?」を抱いただろうか?

それはさておき、どういった点が疑問符だったのか、まとめてみた(前置きが長くなった)。

大病のない人=一生懸命に生きなくて良い人?

第一部の話としては、大病を患った(小児癌にかかった)女性が一生懸命に生きて、命の大切さを実感した、と言う流れだった。

そこで講師の方が仰っていたのは、

「皆さんは一生懸命でなくても生きていけますが・・・」

と言っていた事だった。

いや、揚げ足を取りたいわけではないけれど、

「大病を患っていないヒト=一生懸命じゃなくても生きていける」

という論理はいかがなものだろうか、と感じた。

大病ではなくても、

  • 経済的な理由
  • 家庭のトラブル
  • いじめの問題

など、「一生懸命でないと生きられない人」はたくさんいるはずである。

そういった部分を度外視して、

「貴方たちは大病でなく、一生懸命生きなくても良いかも知れませんが、命は大切ですよ」

と言われても、少しピンと来なかった。

「究極の自由」を否定した結果が基本的人権?

一度そういった部分が気になり始めると、連鎖的に他の話の部分でも「?」が見つかってしまう。

次に講師の方が持ち出したのは「究極に自由な社会」という概念であって、その象徴事例として「人間社会」と「究極の自由」の写真が対比的に上映された。

曰く、「コイの群集」は究極的に自由ではあるけれど、その社会は弱肉強食である。

人間はそうした弱肉強食ではなく、究極の自由を制限して、ルールと法(基本的人権)に基づいて行動をする存在だ、という話だった。

一見、ごもっともな話のようだけど、そもそも人間が基本的人権を獲得したのは、人間全体の歴史から見れば、ごくごく最近のことに過ぎない

それまでの社会は圧倒的に(寧ろ動物以上に)弱肉強食の社会であって、身分制度も甚だ大きかった。

日本も含め世界全体を見渡してみても、圧倒的な不平等が常識であったことは疑いがない。

講師の人の話で違和感を感じたのは、「基本的人権」という概念が、恰も人間にとっての生得的な本能であるかのように話を展開している点だった。

「究極の自由」を否定して「基本的人権」が発生したのではない。

寧ろ逆に、

「究極の(とまでは言わないが)自由」を得るために「基本的人権」という発想が生まれたのではないだろうか。

講師の話からすると、「究極の自由=リヴァイアサン的競争状態=無秩序=悪」としているように感じられた。

それは状態としてみればそう見えるのかもしれない。

しかし「自由」と「権利」の前後関係が倒錯しており、歴史的に見れば

「基本的人権」なんて普遍的でも何でもなかった

という事実があり、その部分を見落としているように感じられた。

「自殺は良くない」は分かるけど・・・

そして話の締めくくりとして、

「今まで数々の患者さんを見てきましたが、やはり自殺は良くないです。」

と言っていた。

確かに、医者の意見としてそれは正しいのかもしれない(よもや自殺を推奨する人もいないだろう)が、結局それは、

「犯罪は良くないですよね。止めましょう。」

と言っているのと同じではないだろうか?

と感じた。

そこから踏み込んで、どうして自殺者がこれだけ多いのだろうか、という点については特に何も考察、意見はなかった。

或いは受講者側の宿題なのだろうか?

自殺は良くないかもしれないが、「良くないですよ」と言うだけでは説得力がない。

まずはその原因を考えること。

私が思うに、やはり前述の「迷惑=社会悪」とする社会的な息苦しさが、日本社会の底流に流れているように思えてならない。

(私なんて生きていても迷惑なだけ・・・)的な。

そんな気がした。

話を聞いても「命の大切は」は分からない

話を聴いていて感じたのは、寝ている生徒の多さである。

大体3割くらいの生徒は頭を垂れていて、私が講師だったら嫌だろうな、と思った。

まあ、忙しい生活を送る高校生が寝るなんていうのは、草むらに蚊が発生するのと同じくらい当たり前のことだ。

それ自体は非難するべきことではない。

しかし部外者的に話を聴いて感じたのは、こうして大ホールで講師の話を聴くだけでは「命の大切さ」は絶対に分からない、ということだ。

それを建前的に、

「今日の話を聴いて、命の大切さが身にしみて分かりました。命の大切さを胸にとどめ、周りの人にも感謝しながら、一生懸命生きて生きたいです。」

なんていう作文を書いて終わりにしてしまうのが、一番危ないことではないだろうか。

そもそもたった1時間の講義で、そんなに簡単に「命のこと」なんて分かるものなのだろうか。

偉い人の話を聴いて、『それっぽい作文』を書いて、それで

「ハイおしまい。」

とするのは、教育現場での共犯的な知的怠慢と言えるのではないだろうか。

映像至上教育の弊害

とかく日本の授業のスタイルとして、実践よりも講義が尊重される。

偉い人の話を聴いたり、いい映画を見たりして、恰もそれに同調したような感想文を書く。

果たしてそれでいいのだろうか?

本当に大切なことは、やはり自分で身を持って経験しないと、知ることは出来ないのではないだろうか。

そういう意味では、1時間の授業でビデオを見て

『分かったつもり』

になるよりも、いっそ生と死が隣り合わせであるインドや南米と言った国に短期滞在をしてみるほうが良いのではないか。

  • 本を読めばすべて分かる
  • 映像を見ればすべて分かる
  • 話を聴けばすべて分かる

それは知識偏重の、詰め込み式の日本教育に関しては正しいと思う。だが、

「命とは何か?」

と言った深いテーマに関しては、安易に本や映像で「教えたつもり」や「分かったつもり」で済ませてはイケナイ気がする。

経験をしなければ分からないことが星の数ほどあり、間接的な情報では圧倒的に不十分だ。

生きるというのは、そういうことではないだろうか?

眠たそうな高校生を見ながら、「命の大切さ」は、そもそも大ホールで教えられる事ではないのだと、そんな気がした。

考えるきっかけとしては良いのかもしれないが、身を持ってそういう経験をする機会がないのが少し残念なところではある。

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