魚のように生きて行きたい

変化の割合

日本でずっと同じ仕事をしているとあまりピンと来ませんが、世界は猛烈なスピードで変化しています。

朝起きたら資産の半分がなくなっちゃう

そんな時代だと感じています。中学生の頃に数学で習った「変化の割合」で言えば、その傾きは歴史上かつてない大きさです。

それでも「組織」は旧来どおりの古いやり方やルールに拘って、全く変化に対応できていないように感じられます。

そんな時代に生きていると、

  • 「夢とか希望」
  • 「○カ年計画」

のような「長期的なビジョン」を持つこと自体、意味ないと思います。

なぜなら将来時点で見える景色は、現在時点と確実に大きく異なっているからです。

例えば現在15歳の中学生が医者になりたいとして、10年後に社会に出たときに、

「医者と言う職業」

は既に存在しないかも知れません。大げさかもしれませんが、そんな時代に生きていると、何よりも「変化への適応力」が生きる上で重要な力ではないかと思います。

温泉の中で

私は温泉が好きで、先日もカプセルホテルのサウナを利用しました。

サウナ→水風呂→サウナ→水風呂

の往復が定番で、特に水風呂に入って身体の感覚が0になるあの感じが大好きです。

それで先日、いつものようにサウナと水風呂を往復していると、水風呂に恰幅の良いおっさんが入ってきました。

おっさんは水風呂に頭からザブンと飛び込むや否や、大胆な屈伸運動を始めました。

水風呂に入ったことがある方なら分かるかもしれませんが、水風呂の中で身体を動かす(又は水が動く)と、とっても冷たさを感じるんですよね。

水風呂が狭かったので、私はそのリズムが生み出す波に揺られて、冷たい想いをする羽目になりました。

水が揺れる中で

屈伸運動を無遠慮に繰り返すおっさんに、私は最初イラッとしましたが、

世の中ってそういうものだな

とも思いました。

私が全く関与できない世界で誰かがアクションをすると、好むと好まざるとに関わらず、その影響を受けてしまいます。

そこで私は、「魚のように生きて行きたい」と思いました。

魚は常に無力で、潮流を変化させることは出来ません。しかも水の中では、刻一刻と「取るべきポジション」が変わっていきます。

魚は本能的に上手に立ち回って、最適な場所をとり続けようとします。水の中では常に同じと言う状態は絶対にありえないからです。

それは水の外でも同じことですが、陸上生活をしていると、どうしても「同じ景色と同じ行動」が繰り返され、頭の中が固定化してしまいがちです。

魚となるも羊となること無かれ

鶏口牛後という言葉に似てますが、陸上生活を続けていると、

  • 何も知らないまま、毎日草を食べる羊さん

になっちゃう気がします。

まあそれでハッピーならそれでいいのかもしれませんが、見方によってはモノすごくリスキーな生き方です。

冒頭にも紹介したとおり、「変化の割合」がものすごく大きいですからね。

朝起きたら草が無くなっちゃった!どうしよう!

って事が、ワリとナチュラルに起こるからです。そうした世界では、

  • 常に変化を感知して、上手に動き回る魚さん

の方が、適応的な生き方だと思います。

自由に動ける時間をいつも残すために、スケジュール帳は常にスカスカにしておきたいと思う今日この頃です。

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 五島情報へ
にほんブログ村

国境離島新法の事業計画書サポート

事業計画書(新規創業)のサポートしてます。

移住入門(Kindle本)

島移住したい人の入門書2018 (¥560)
Share This Article

コメントを残す