私が市長だったら-8-代議士制の廃止と直接民主主義の実現

無駄な議会=形式的な儀式

先日、五島市市議会の一般質問が終わりました。

本日はインターネットで議会を中継した感想と、私なりの意見を述べたいと思います。

はっきり言って、議会は「無駄なことだらけ」です。

ざっと思いつくだけでも

  • 誰も目を通さないような分厚い資料の山
  • 質問しないで座っているだけの議員さんたち
  • 回答しないで座っているだけの役所の部長さんたち
  • 「ググれば分かる」レベルの質問
  • 「それ聞いてどうするの?」レベルの質問
  • 「過去に別の人が聞いている」質問
  • 「他の議員と被っている」質問&回答
  • 当事者不在で述べられる会社(九州商船)への不満

と言った感じです。

もうこれは、「議論」ではなくて「儀式」と言っても良いレベルですね。そんな「儀式」が、殆ど1日かけて粛々と遂行されます。

議会の役割

そもそも、議会の役割とは何でしょうか?

  1. ルールの作成(条例とか)
  2. お金の配分(予算とか)
  3. 執行機関への提言(行政への質問とか)

で、これって全員がスーツを着て「同じ時間」に「同じ場所」に集まる必要はないんですよね。ただ習慣的に、皆そうしていますけど。

更に代議制の歴史を遡ってみましょう。

市民の代表として議員を輩出するのは、

「市民全員が一同に集まって意思決定は、物理的に無理だから」

という妥協に基づく決定だったはずです。そもそも、代議制とはインターネットがない時代の仕組みなんですよ。

単純な直接民主制

そんな代議制の弊害は、市民が政治に参加している意識が希薄になる点でしょう(そもそも審議には参加していないから)。

若い人の感覚からすると、

  • 素性のよく分からない代議士と
  • 素性のよく分からない政治家が
  • 訳の分からない政策をダラダラと論議している

ように見えるから、政治に対する関心が低いのではないかと。

だから話としては単純で、

「この法案、どう思いますかー??」

「この予算、どうですかー??」

っていうのをインターネットで○×投票してもらえば、原理的には市民の意見は集約できますよね。

それが正しいかどうかは別として、少なくとも代議制よりは、市民と政治との繋がりは強まります

私は予算の承認に加えて、法案を提出する権利も、市民の側にあって良いと思っています。だって自分たちが払っている税金ですよ?

技術的に可能なのに、それをしようとしないのは、会社員で言えばPCを一切使わず、手書きで仕事をしているのと同じくらいの怠慢です。

形式的な判子の文化と儀式の習慣。

そういったことは、100年後の教科書に写真付きで載るでしょう。

「ネットが普及しているのに議会で審議する人々」

そして将来の子供たちに、こんな疑問符を投げかけるでしょう。

(どうしてこの人たちは、こんな無駄なことしてるんだろう??)

こういった儀式を廃する「政治改革」も、市長になったらやっていきたいな、と思う今日この頃です。

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