【個人の時代】安全保障は「国防」から「逃避」のスタイルへ

個人>国家

時代の転換点ですねー。国家よりも断然、個人が主導権を握るご時世ですから、

日本はどうあるべきか?

っていうよりも、

個人がどう楽しく生きるか?

っていう時代にシフトしつつありますね。

端的な例で言えば中国の富裕層。

世界中で別荘地を買って、悠々自適な生活を謳歌しています。

情報統制の厳しい当局に睨まれるよりは、NZやカナダあたりで毎日シャンパンを飲みながら生活をするほうが、よっぽど楽しいと言う訳です。

そんな世界での「安全保障」は、

国 vs 国

という破滅的なパワーを持った対立ではなく、

強権的な国 vs 離散する個人

という構図にシフトしていくことでしょう。

実際、韓国や北朝鮮で軍事的な緊張が高まれば、富裕層とはいかないまでも、そこそこのお金を持った個人は自発的に逃避するでしょう。

行政サービスとしての「避難」

そういう時代になったとき、五島のような「中国」「韓国」「北朝鮮」に近いホットスポットの地域は否応なしに軍事的な緊張関係の真っ只中であおりを食らうわけです。

弱者の生存戦略はここでも「逃げる」事だけなので、とにかく逃げまくります。大日本帝国が防衛してくれても怖いし、沖縄戦のときみたいに、「地域住民」は二の次にされちゃう可能性も大です。

だから広域行政のサービスとしては、「防衛」よりも「避難方法」を提供します。例えば

  • 地下シェルター・カプセルの提供
  • 他地域との同盟による救助サービス

なんていうことが考えられます。

地域の住民には、どんな事態が生じても安全に逃げることができる「手段」を多様に用意する一方で、「情報発信」もしていきます。

それは

他の国がこんな野蛮な侵略行為をしてきました!

という情報です。

世界中でその情報が広まり、反対勢力としてデモを起せば、侵略国にとっては大きな痛手となります。

そういう訳で、構図的には一人の人間(国家)に大量の蜂(個人)が襲い掛かるようになるため、勝敗は明らかです。

中国人も個人として世界中に広がり、そこで再び紐帯の証となるのは、1週回って宗教だったりするのかもしれません。

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