延命サービスと自死の決断
前回の記事でご紹介したとおり、延命サービスが進展することに伴い、益々人間が、「機械に繋がれて生きる」スタイルが一般化すると考えられます。
もちろん、そこには倫理的な抵抗もあるでしょうが、押し寄せる波を全て防ぎきることは出来ないでしょう。
そうなったとき、安楽死や尊厳死という形で、「自死」を望む方も今後は増えてくると考えられます。
今回は、延命サービスが拡大する中で、「自死」がどうなっていくか、考えてみます。
安楽死と尊厳死
言葉の説明は以下の通りです。
尊厳死は人の尊厳を尊重した状態で死を迎えることであり、安楽死は苦痛から逃れるために延命治療を断り、死を選ぶことです。
上記の説明ですと、死ぬ動機が
- 尊厳死:自分の尊厳を重視
- 安楽死:自分の苦痛を重視
となっています。しかし今後は、こうした「自分」を主体する理由に加えて、「忖度死」というのも増えてくる気がします。忖度死とは、
家族や社会に迷惑をかけないために、自発的に死を選ぶこと
です。つまり、
- 忖度死:他人の迷惑を重視
となります。実際、私の母親はあるとき、
子供に迷惑をかけてまで、生きたくはない
と言ってました。
日本人は特に迷惑を過剰に気にするので、この「他人への配慮・忖度」を理由に、死を選択する人が増えるのではないでしょうか。
「忖度死」が増える背景
「忖度死」が増えるのは、言うまでもなく、日本で高齢者の数が増えていることが背景です。
- 高齢者ドライバーによる事故
- 高齢者に対する暴力の件数
- 高齢者による犯罪(万引き等含む)
- 高齢者による社会福祉の費用
今後は、この辺りの「客観的な数字」が、世の中に広まる頻度は高くなると考えられます。
日本の法律ではまだ、自死は認められていません。
ただそれ以上に、こうした「忖度死」を斡旋するような、
グレーゾーンサービス
が増えてくると考えられます。
例えばどんなものがあるでしょう?
個人的には、「生きることと死ぬことの意味を問い直す」宗教法人が多く現れる気がします。
それから先は、犯罪の匂いを放っている気がしますので、ご想像にお任せします。
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