「議論」が必要な社会は機能不全

風邪引きました

皆さんこんにちわ。ジョンです。

夏の真っ最中に、盛大に風邪をこじらせました。

頭が痛い。。。

台風の影響もあり、SUPも中止になったので、家の中でおとなしくゴロゴロとしています。

本日はそんな中で、理想的な社会とは何か?という事に付いて、考えてみたいと思います。

猫が多い島

五島列島は、猫の楽園です。

街中にさえ沢山のノラネコを見かけることが出来ますし、二次離島に行けばそこらじゅうで猫が闊歩しています。

猫を含めた動物の多くは、街中を「何食わぬ顔」をして生きています。

終戦記念日とか、世界のニュースとか、明日の天気とか、ましてや他人の噂話なんて、全く気にしないで生きているように見えます。

そんな猫にとって一番の関心ごとは、

いかに快適な場所を動き回るか?

ということではないでしょうか。

人間が減る社会

一方で、人口減少が著しい人間の社会では、一部の政治家が頭を悩ませて、利害関係者と協議しながら、

  • 財政的な問題
  • 移住促進の問題
  • 雇用や保険料の問題

について朝から晩まで議論をしています。にも関わらず、日本の各地ではどうも「成功事例」と呼べるようなモデルが見つからない状態です。

そもそもですが、難しい議論をしなければ前に進まない社会は、根本的に機能不全を起こしているのではないでしょうか。

これは会社についても同じことが言えます。

無駄な会議ばかりが多い会社は、どこか機能不全であると。

一見すると、民主主義を否定するような考えですが、一方では「話し合って決める=最適なプロセス」という誤解があるようです。

地方の民主的な議会政治の問題点は、

  • 「しがらみ(伝統・文化・血縁)」に縛られる(=新しい産業を興すハードルが高い)
  • 政策の決定に時間とコストが掛かり過ぎる(=成功するチャンスに素早く対応出来ない)

ことではないでしょうか。

理想的な社会とは

健全に機能している社会とは、

個々の活動が、自動的に最適化される社会

ではないでしょうか。

森の中の昆虫を想像してみてください。

彼らは決して、「全体」のことなんて考えていません。

ただ、目の前の現実に対して、最適と考えられる行動を繰り返しているだけです。

にも関わらず、結果として、「森」という生態系を維持するのに役割を担っています。

人間の社会もこのように、個々が全体のことなくても良い状態が理想的です。

そこには、いわゆる「政治家」というものは必要とされず、個人個人が自分の幸せを追求します。

社会を調整する装置としては、何も「議会政治」が唯一の選択肢ではありません。

最近で言えば「AI」に判断を委ねるほうが、間違いが少ない気がします。

にも関わらず、政治的なテーマを巡り、依然としてアレコレと政策を議論をしています。現代では、

形式的な民主主義の運営コスト > 民主主義社会の利益

であると考えられます。

議会の膨大な資料(紙媒体)とか、議員の人件費とか、その他諸々を含めると、何だか割に合わない気もします。

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