「祭り」は誰のためにするのか?

福江港まつり

先日、「福江港まつり」が開催されました。

今年は台風の影響で、1か月以上の繰り越し開催となりましたが、ざっと1000名以上の方(地元の高齢者よりも、島の家族世帯や中高生)が来てました。

商店街の一部は人込みでしたが、渋谷のように、トラックを横転させるような輩はおらず、満員電車ほどの人込みではないという点では、ほっこりするお祭りです。

そんなお祭りについて、地元で長く祭りに参加してきた女性から、こんな話を聞きました。

30年前は、それこそ肩車をしないと道路も歩けないくらい人が多かったのよ。

それが今では、驚くくらい子供の数が減っている。

今でもみなと祭りは2日間に分けて開催するけど、準備も大変だから、今日みたいに、1日だけの開催でよかと思うけどね。

ということでした。

過剰な供給体制

この方のお話にもある通り、商店街の設備やイベントは、圧倒的に供給する力の方が高いです。

地元の方を中心に、何とかかんとか頑張っている、という印象です。

ですが、この先はますます人口減少するので、その供給力も調整を迫られるでしょう。

例えば例年は2日間に分けていたお祭りを、1日だけの開催にしたり。

個人経営の店舗であれば、明らかにお客の数が減っているとわかるので、店を閉めたり人を減らしたりすることが出来ます。

祭りを維持する文化

ところが、こうした大きなイベントごとの場合は、

「地域の伝統行事を守る」

という、論理性を超えた主張に持っていかれる場合が多く、

「今までの通りに行うこと」

に価値が置かれます。

そのため小学生も中学生も、祭りのために駆り出されます。

地元に関係のある企業(銀行とか商工会議所とか観光連盟とか)の職員や若者も駆り出されます。

そうした中で、割とつまらなそうにスマホをいじりながら神輿を引っ張る人を見ていると、

このお祭り、何のためにやっているの?

と思ったりします。

不自然な祭り

おそらく、

「祭りを何のためにやっているのですか?」

という質問には、

「伝統行事だから」

という理由以外は帰ってこないでしょう。ですが実際のところ、深刻な人手不足を背景として

  • 開催する側も大変
  • 参加させられる側も大変

という形で、外から見ていると、「ダレトクなの?」と突っ込みたくなる場面もあります。

地域の相対的な活力が失われていく中で、「祭り」は身内の人たちだけではなく、「外の人たち」にも魅力を伝え、お金を落として参加してもらえるような仕掛けが必要ではないかと思いました。

祭りとは極論、馬鹿なこと・変なことを楽しむ場所です。

「祭りの継続性」を考えたとき、伝統だけに捕らわれていては、長続きしません。

そのため、「外からの交流」を混ぜて、祭りは新しく生まれ変わるべきではないでしょうか。

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