日本は”自給率”を下げるべき

食料自給率?

最近、地方創生や外交という枠組みの中で、「自給率」という言葉を聞く機会が多いように感じられます。

代表的なのは「食料自給率」、それに次いで最近注目されているのが「エネルギー自給率」でしょう。

一般的には「自給率が高い=素晴らしい」みたいなイメージが先行しているように感じられますので、その辺りの事を考えてみます。

例えば五島では、市議会で「 再生可能エネルギー自給率はどのくらい?」みたいな質問が市議会でされています(平成30年12月定例会)。

発電量そのものだけを見れば、五島市の中でも再エネ発電は平成42年度に100%を超える見込みだそうです。

ですが、実体としては再生可能エネルギーはベースロード電源ではなく、他の火力や原子力と言った電源の力を借りる必要があります。

さらに、生み出したエネルギーをその場で使う(自給)訳ではなく、一旦九州電力に販売し、その電力を更に利用者が買い取っている状態です。

そのため、「再生可能エネルギー自給率」は言葉のレトリックで、それ自体に拘っていても、大した意味はありません。

住民の目線で見れば、大事なことは、

どれだけ地域で生み出せているか?

ではなく、

どれだけ安定的に食料やエネルギーを利用できるか?

という点です。実際に五島市では、 海底の基幹送電網整備が十分でないため、再生可能エネルギーを作りすぎな状態に陥っています。これは食料で言えば、出荷できない不要な作物を作って在庫を大量に破棄しているという状態です。

自給率に拘ると、このように「作りすぎ」問題だけではなく、「天候リスク」も抱えてしまいます。例えば地産地消に拘って100%の自給率になった場合を考えてみます。

異常気象リスク

最近では、異常気象が常態化し、各地で前例のない災害が発生しています。そうした中で、100%の自給率にすることは、リスクを一か所にまとめるという点で危険です。

前例のない規模の大型台風が五島に来たとしましょう。

食料も電源も、全ての生産設備が麻痺してしまいます。そうすると、島内の消費に依存している全ての事業者が供給を絶たれることになります。

これからの時代に必要な考え方は、広域ネットワークでバックアップの体制を構築することです。逆に、狭い地域にすべてを集中させると、異常気象リスクに対する脆弱性が高まります。

そうした観点から、食料やエネルギーの自給率に拘るのは意味のないどころか、かえって危険な発想です。株式で言えば、分散投資が大事という事です。

自給はそもそも無理

それに、どれだけ自給率に拘ったとしても、それは実質的に不可能です。例えば福江島の中には、

  • 大手ドラッグストア
  • 中堅スーパー
  • 中堅コンビニチェーン

といった、いわゆる「島外資本」が食料や薬品を提供しています。島内消費の半分以上は、こうした「島外資本」に流れているのではないでしょうか。

それだけでなく、Amazonやメルカリ、楽天でも買い物が容易に出来る時代です。どれだけ行政側が「自給率」に拘ったとしても、インターネットによるサービスの提供を防ぐことは不可能です。

まとめ

地域経済・および国家の経済を考える上で、「自給率」という言葉が出てきますが、「自給率」は意味のない用語であり、それ自体に拘るのはかえって危険です。

その理由は、経済の繋ぎ目がインターネットを中心に無数に広がる中で、もはや「地産地消」の拘束力が非常に弱まっているためです。

さらに、自給率に拘ることは、自然災害のリスクに対する脆弱性を高めることになります。

これからの日本・および地域が目指すべきは、「自給率」を高めることではなく、食料やエネルギーの「供給源」を多様化し、天候リスクに対して柔軟に備えることです。

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