私が五島市長だったら-30-政治哲学は宗教を参考に

哲学と宗教

前回の雑談でも述べましたが、これからの時代は、生き方・哲学みたいなものが大事です。

私はこんな人間になりたい

それで今回は、私の政治哲学を述べておきます。

宗教を参考に

政治の世界というのは、非常に難解です。国の名前もコロコロ変わるし、政権のリーダーもコロコロ変わります。

だからこそ、世界史と言う教科が成り立つ訳ですが、歴史を学ぶ本質は別のところにあります。

政治はコロコロ、でも、宗教の世界はどうでしょうか?

様々な解釈もあるかと思いますが、宗教は政治と比べると、一貫して人々の生活の中に根付いています。

日本はそれほどでもありませんが、世界のスタンダードとして、政治と宗教は表裏一体の関係ですよね。

だからこそ政治家は、教養として宗教を抑えておく必要があります。

私もまだまだ勉強中ですが、現段階での回答を述べておきます。随時アップデートしていきます。

政治理念1. 変化を恐れない

これは仏教に基づく考えに近いですが、万物は常に変化します。

一秒として、同じ瞬間はあり得ません。

それでも人間の心理としては、一か所に留まろうとする傾向があります。

楽な場所・心地の良い場所・動かなくて良い場所

人はそういう温泉が好きですし、私も温泉が大好きです。(でも荒川温泉は3分が限界です)

このギャップを埋める事を、政治のシステムにも取り込む必要があります。

日本では若手の議員を中心として、「国会改革」を始めとする政治改革がしきりに叫ばれています。

その理由は、政治が極めて古臭く、カビの生えたシステムの上に成り立っているからです。今の国会中継を見ていると、それが良く分かります。

もちろん、「今までのやり方を変えたくない」という心理は分かります。既得権益と言うレッテルを張られ、自分たちの旨味や権力が徐々に削がれていくからです。しかし、

万物は無常

であるという世界の真理を抑えれば、今のシステムや権力に固執するのは間違いで、問題は「いかに変わっていくか?」という事になります。

そういった意味で、政治理念として、「変化を恐れない」を掲げます。

政治理念2. 愛のある決断をする

政治というのは、突き詰めれば「情報を処理して、意思決定をする」のが仕事です。

そして先ほどの理念に従った場合、ドンドンと改革が断行され、時として痛みを伴い、時として血が流れることもあります。

そのため、実際の世の中は、「改革こそが善」で動くほど、単純な仕組みでもありません。

例えば現在の民主制度に基づいて意思決定をした場合、圧倒的に多くの割合を占める高齢者を配慮して、「身を切る改革」や「未来への先行投資」は進まないのが当然です。

そうした点から、多くの自治体・日本の政治では「Aを取るか?Bを取るか?Cを取るか?」という妥協的な選択の連続となります。

その判断基準として、客観的な事実や数値・将来予測は必要不可欠のベースとしてあります。ただ、AIのように機械的に、数値だけに基づいた判断では不十分です。

なぜならそれは、論理的に正しくても、有権者の心に納得を与えないからです。そのため、判断に迷ったときは、「愛のパワーが強い方」を選択します。

これは財政や経済と違って、数字で説明できないから難しい部分です。当事者の主観に基づく部分も多いので、同じ選択でも、感じられる印象は見る人によって変わります。

でも、そういう「属人的な部分」も含めて意思決定をするのが、選挙でリーダーを選ぶ意味だと思います。

極論を言えば、「失敗をしたとしても、あの人だから許せる」と有権者に思ってもらうことが大事です。

そのためには、意思決定の段階で、利害関係者に対して最大限の愛を注ぐ必要があります。

追記予定

以上、ざっくりいうと

  1. 仏教的な原理:変化を恐れない
  2. キリスト教的な原理:愛を大事にする

を政治のシステムに導入することを述べました。これに加えて、「イスラム教」や他の宗教での大事な原理・理念も加えたいですが、まだ勉強中です。

アイデアがあったら教えて頂けると嬉しいです。

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